調子がいい日と、どうにもならない日は、たぶんずっと混ざりながら続いていく。
昨日できていたことが今日はできなかったり、
理由もはっきりしないまま、気持ちだけが重たくなる日もある。
そんな日は、「今日は飛べなかったな」と思う。
何か大きく失敗したわけでもないのに、
前に進めていない感じだけが残る。
前は、そういう日を「ダメな日」って呼んでいた。
ちゃんと働けなかった日、気力が湧かなかった日、
何も生み出せなかった日。
全部まとめて、失敗。
でも最近は、少しだけ考え方が変わってきた。
飛べない日にも、その日の正解があるんじゃないかと思うようになった。
たとえば、
ちゃんと起きて、仕事に行った。
最低限のことをして、帰ってきた。
それだけで精一杯だったとしても、
その日はそれが限界で、それが正解だったんじゃないか。
何もできなかったと思っている日も、
本当は「無理をしなかった」「壊れなかった」という成果がある。
元気なときの自分と比べると、どうしても物足りなくなる。
前はもっとできたのに、前は楽しかったのに、って。
でも、今の自分は今の条件で生きているだけだ。
高く飛べない日があるから、低空飛行が身についた。
落ちないように、止まらないように、
自分なりの速度を探すようになった。
今日は飛べなかった。
でも、生きていた。
それでいい。
このブログも、そんな日の記録として書いている。
調子がいい日だけじゃなく、
何も輝いていない日の言葉も、ここに置いていく。
飛べない日の、自分なりの正解は、
「今日を終えられたこと」。
それだけで、十分だと思っている。

